希死念慮って、誰でも持っているのでは

思うんですが、希死念慮って、実は誰でも持っていたり、感じたことがあるのではないかと。

冗談半分としても、「もう死にたい」「生きてくの嫌だ」とか声に出したり、考えてしまうのですからねえ。

目次

  1. 希死念慮って何ぞや

  2. 世の中嫌なことや残酷なことが多すぎるんですよ

  3. 死にたくなるのを我慢しないといけない環境はクソです

希死念慮って何ぞや

このブログや私のTwitterでも、しょっちゅう口にしている希死念慮とやらについて、改めて考えてみようと。

とりあえず、自殺願望と希死念慮の違いから書いていきます。

  • 自殺願望→死にたくなって、具体的に死に対する行動を起こすことや、どういう行動を起こすか考えてしまう(リストカットや飛び降りをしたり、しようとするなど)
  • 希死念慮→特に行動を起こしたり、死ぬための具体案を出すわけではないが、なんとなく死にたくなる気持ちが出てくる

私の個人的な解釈も含まれていますが、希死念慮の方が自殺願望よりかは死にたいという感情は軽いのかなと考えています。

まあ、どちらも死にたいと願ってしまうのは、共通していますが。

実際問題、死にたくなるのも当たり前な嫌なことがありすぎるんですよね。

  • 虐めなどの各種ハラスメント
  • ブラック企業での労働
  • 何のためにやるかわからない受験勉強
  • もしかしたら、その当事者になるかもしれない
  • 各種災害及び、その後の避難所生活
  • 満員電車での通勤
  • やりたくもないけど、責任もってやらないといけない労働
  • 毒親問題、親戚との泥沼な関係

そりゃあ、程度はどうあれ死ぬことによって、この現実から逃げたくなるのも仕方ないというか当然ですわ。

世の中嫌なことや残酷なことが多すぎるんですよ

先程、書いた内容とかぶりますが、この現実、嫌なことや残酷なことが多すぎるんですよ。

中には、幸せをシェアできるとか言う考えもあるでしょうが、残念ながらそんなことはありません。

誰かが幸せになる一方で、他の誰かが不幸になったり損をしているもんですからねえ。

  • 出世レースに負けた
  • 第一志望の学校に合格した人の裏では、不合格となり行きたくない学校に通っている人もいる
  • 顧客に対するサービスが充実している分、従業員は低賃金かつ長時間労働を強いられている
  • 深夜のコンビニなりカラオケボックスで楽しんでいる人がいる一方、夜勤で疲弊しながら勤務している
  • 宅配便でも時間指定できる分、ドライバーなどの運送業者は、時間指定に間に合わないと詰められる
  • 学校の部活でも、全国大会に進んでいるチームがある一方で、万年1回戦負けや大差で勝ち目無いのにギブアップも許されない試合を強いられるチームもある
  • そんで、顧問にボロクソに説教される
  • その顧問も、勤務先の学校で、監督不行き届きと詰められる
  • スクールカースト最上位なりリア充同士でも、格差はある
  • その格差を埋めるために、インスタ映えなり人付き合いをしないといけない

みんながみんな、幸せになれるなんて、夢物語としても胡散臭いものがありますなあ。

ぶっちゃけた話、現実というのは闇ばかりですねえ。

希死念慮通り越して、自殺願望まで至ってしまうのも無理もないですよね。自殺を試みたところで、成功するとは限らないですし。

成功すれば苦しみから解放されるかもしれませんが、失敗したら、後遺症を抱えて生き続けないといけないのです。

やっぱり思うわけですよ、こんな苦しみ産まれなければ感じなくて済んだのに~!ハイクソー!!!

死にたくなるのを我慢しないといけない環境はクソです

程度はどうあれ、生きていれば死にたくなるほどの苦しみを感じてしまうのはよくあることです。

まあ、「そこでみんな苦しんでいるんだ」、「苦しいのはお前だけじゃない」、「みんな経験してきた」、「我慢しろ」、「嫌なことでもやらないといけないことはやらないといけない」とかいうんでしょうねえ。

確かに嫌なこともやらないといけなことはありますよ。逃げてばかりもいられないことだってね。

「みんな苦しんでいるから、仕方ないからお前も我慢しろ」という考え方には中指を立てていきたいですね。後、「生きていれば、いつか良いことあるから」という言葉もクソです。

「生きていれば、いつかは良いことあるから」という言葉の後には、確実に「今は辛いだろうけど、我慢しろ」というクソワード出てくるでしょうね。

その「いつか」っていつ来るんですか?

その「いつか」が来る前に死んでしまったり、生きていても精神疾患になる人だっているのです。そんな言葉じゃ、来ないかもしれない良いことのために頑張れませんわ。仮に来るかもしれないじゃないかという言葉があってもです。

希死念慮を持っている人は、「いつか」より「今」楽になりたいんですよ。

そりゃあ、今嫌なことがあれば、死にたくなるのは当たり前です。そんな世の中はクソです。

死にたくなるくらい、嫌なことが起きまくっていることをみんなが我慢しないといけない環境なら、滅んでしまった方が良いです。

下手に、生かさず殺さずで精神的に苦しい思いするなら、死ねた方が救いですから!