某日、Twitterを見てみたら、たまたま「幸せ恐怖症」という言葉を見つけたのです。
なんかこれ、私に当てはまるんじゃねえのかと感じました。なので、どういう風にそう感じているか、何故そう感じているか書いていこうかなと。
目次
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そもそも、幸せ恐怖症ってなんぞや
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良いことがあっても、その後の反動が怖い
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幸せ恐怖症になってしまうのも仕方ないよね
そもそも、幸せ恐怖症ってなんぞや
幸せ恐怖症というのは、言葉そのまんまで、幸せになることが怖くて、自分から幸せになることを避けようとすることです。
- 幸せになれても、それがいつまで続くかわからない
- 幸せになれるチャンスがあっても、失敗した時のリスクの方が怖い
- 幸せになることへの後ろめたさがある
- 自分なんて価値がないから、幸せになれないし、その資格なんてありゃしない
上記の点から、自ら幸せになることを避けようとする恐怖症です。第三者からすれば、幸せそうに見えても自分ではそう感じられないこともありますしね。
それに、自分にとって何か幸せなのかをわからないまま、年を重ねてしまったことで、幸せになることへの恐怖心が強くなったんでしょう。
私も、そういった面があります。
でも、幸せになることへの後ろめたさに関しては、当てはまらないかな。
人がどうなろうが知らんし、別に私が動いたところで、周りの人が幸せになれるわけでもないですからねえ。
まあ、私の場合、自分の人生に対する当事者意識がないだけなんでしょうけど(笑)。
私自身は、幸せになれなくて、野垂れ死ぬ羽目になっても、それだけのことしかできなかったと思ってますし。
良いことがあっても、その後の反動が怖い
私の幸せ恐怖症で、一番当てはまるのが、「幸せになれても、それがいつまで続くかわからない、そして後々の反動が怖い」という面です。
ほんのちょっとでも、嫌なことがあると、殆どの楽しかったことってマジで帳消しになりますからね。
それこそ、高級なお餅やパンに、1ミリ程度でものカビが生えると食えなくなるような理屈で!!!
私の人生でも、これまで楽しかったことが全然なかった、充実した期間がなかったかと言えば、流石にうそになります。
小学校5,6年生と高校1年の時は、楽しかったですからねえ。
- 昼休みに、友達同士でバトルえんぴつで対戦したり
- 放課後、友達んちでゲームやったりとか
とかやってた時は、流石に希死念慮などはなかったです。
それでも、
- 周りの連中にバカにされたり
- 中学受験に追われたり
- 塾の講義を受けるのが怖かったり
- 親に怒られてビクビクしたり
- 翌年の環境がクソなことの反動
とか考えると、やっぱりその期間も辛いことの方が多かったかもしれません。
楽しかった期間があったせいか、マイナスな期間に突入してしまった時のショックがでかくて、絶望してしまうんでしょう。
今も、楽しいことはあるんですが、仕事のことが1ミリでも頭に浮かんできてしまって、慢性的な5月病なり希死念慮に襲われます。
夢はいつか覚めて、辛い現実は否応なくやってくるんでしょうね。
生 き て い て そ れ が 怖 い ん で す ! !
今ブログを書いている現時点では、連休中で仕事から離れていますが、仕事が怖いですもん。
- 先輩に怒られるのが怖い
- テンパってうまく話せない
- 上手く話せなくて、先輩をイラつかせるのが怖い
- やることや覚えることが多くて、ミスるのが怖い
とか考えちゃうんですよ。
生きている以上、大変なことってありますし、避けたくても避けれませんからねえ。
産まれなければ、そんな恐怖を感じなくて済んだのにー!ハイクソー!!!
それでも、死ぬのは怖いし、そう簡単に死ねないから、幸せになれようがそうでなかろうが、生きていかなとならないのが厳しいもんですなあ。
幸せ恐怖症になってしまうのも仕方ないよね
私個人に限った話ではありませんが、幸せ恐怖症になってしまうのも仕方ないと思うんですよ。
- 生きていく以上理不尽なことがあるのだから、それに耐えてなんぼ(本来は、理不尽は対処していくものなんですが)という考えがある
- 毒親育ちだと、自分のやりたいことを開示できる機会がなかった
- 思いっきり休めるのが学生時代が最後(その学生時代ですら、受験勉強、就職活動、習い事などで潰される)
- 極端な話、親のエゴでこの世に送り込まれる
- 中には、金銭的な余裕がないのに子作りしてしまい、貧困の連鎖に襲われる
- その子作りも、地方や時代によっては、大人の事情でせざるを得なかった
そんな中で、幸せになりたいかと言われても、ピンときません。上記に挙げたように、現実って辛くて嫌なことがありすぎるのです。
幸せになりたいなりたくない以前に、幸せになるモチベーションが無くなるわ!!
私も、ACバーで「幸せになりたいか」とよく煽られるのですが(笑)。まあ、なりたいっちゃなりたいですよ。でも、幸せになるには、自分にとって嫌なことを取り除くのが第一優先なのです。
嫌なことを取り除けないことには、いずれ来るであろう不幸が怖くて前に進めないですしね。